祖父と共に時を刻んだ腕時計は記憶を紡いだ記憶装置でした。

腕時計と言えば最近では高級ブランド品がとりわけ人気の中、見向きもされず名も分からない会社の今は存在しない腕時計を愛用している男性も数多くいらっしゃると思います。

しかし昔から愛用している方にとっては、腕時計一つにしても豊富な数多くの製品がある現在とは違い、物が無かった頃から愛用していた祖父の腕時計はむしろ新しい時計に換えられないほどの価値を持っていたりするほどです。

祖父が亡くなり、しばらくして止まった腕時計は一見すれば汚れて汚い時計と言われる腕時計ですが、新しい時計を贈っても身につけようとはせず大事にしまいながら一方でこの腕時計は祖父が亡くなるまで肌身離さずつけていた時計。

きっと物が無い時代に贈られたであろう大切なその腕時計は祖父にとってはかけがえのない大切な腕時計だという事は聞かなくてもわかる程で、紛失騒ぎの時にはたいそう落ち込んでいたのも覚えています。

そんな祖父が亡くなった後、暫く忘れていた腕時計も、何回目かの法要に合わせもう一度動かしてみるかとのことで修理するにも一苦労な時計でしたが、数多くの時計修理をしているお店に持ち込んだところ、本人無き今も正確に時代を刻み続けている腕時計が我が家にはあります。

そんな腕時計を持って次の法事へ向かうと、まぁ思い出話が出るわ出るわで、祖父がが長年ひと時も離さなかった腕時計と共にその瞬間を覚えている人も多く、腕時計が亡くなった後も祖父の生涯を記憶してくれているそんな時計となっていたのも事実です。

男性にとっての腕時計は妻よりも身近にいる存在と言われる事も多く、腕時計がつぐむ歴史を祖父が残した腕時計で知る事になった法要。

我が家のように腕時計が紡いだ歴史は数多くあるのだろうと思うと、男性と腕時計の関係は男女の仲以上に深いものであると実感した次第です。